寺バァバのやどかり日記 老いを見つめて「調理定年」

 高齢者として私だけではないと思うことがあります。独りになったら、長年食べることをしてきた女性とて何もしたくなくなる日々が来ます。それゆえ、元気そうに見えても、栄養失調とまで行かなくとも、相当ひどい状態になるのではないかと。血液検査等でわかります。いっぱい冷蔵庫に買い込み入っていても、いつまでたっても料理せず、食べず、古くなっていきますし、たんぱく質が大事といわれても、卵くらいしか使わず、上等なハム類を使っても塩分が強いと思うし、生肉はいじりたくなくなる。肉料理が面倒で、焼肉として焼いているだけで胸いっぱいになります。魚も生魚がいじりたくなくなります。一番メニューは何もかも入れたスープとか良いかもしれませんが。作ったら作ったで、独り暮らしの人には多くなってしまったりと。新聞の受け売りですが、80歳を過ぎたら「調理定年」と言うのだそうです。私はもっと若くても、70歳位でも調理定年が来ているように思います。

 

 作家の樋口恵子さんが、子ども食堂と同じく、シニア食堂もあるといいのにと言っています。でも使用するのにちょっと抵抗があり、恥ずかしい気もしますが、独居になった老人の食の社会問題になる日も近いでしょう。元気で自立した生活の根本は「食」が支えでしょうから。若い人も老人もみな、栄養ばかり考えて生活していませんので、自分の摂取カロリーの分かりやすい社会の啓蒙とかあると良いと思います。昔々は「病気に」なったら、治すだけで「予防医学」などといった考え方がなかったのが今は当たり前になりましたし、食事のカロリーについても成人女子、成人男子が2100カロリーとか老人は1600カロリーとか言いますが、一目で自分で今食べるのはだいたい、いくら位になるかということが頭でサッとわかることを広めてもらいと、これからの人々のためにと思います。既製品の弁当やおかずには書いてありますが、自分で料理した場合はわからないと思います。ちなみに、宅老所等の料理はおいしいのですが、80歳、90歳以上のメニューだと思います。もうちょっと若い老人に口に合わないのではないかなどとちょっと、贅沢なことを思ったりもします。食は口だけではなく、目で食す部分もありますから。

 

 「人生100年時代に入る」という、人それぞれの人生を全うするのに、初老の入り口くらいで先々を考えるに「食」のこともあると良いと思います。人生と同じく、食は日々の積み重ねですからね。人生100年時代。60歳の人なら40年あり、70歳であれば30年、80歳であれば20年、90歳でも10年あるのです。しっかり食べられる日々、しっかり歩ける日々、しっかり語れる日々、しっかり世の中に生きてきた日々を誰かに教えたり、支えたり、寄り添えたりするだけでなく、誰かのために生きられるといいですね。それが自分の生きるエネルギーを得られるのですから。気負わず、奢らず、卑下せず、人と比べず、自分らしく生きていけたらいいですね。私たちは「老人」と十把一からげに呼ばれても、最後まで各々人生みな違うのですから。自分の人生最後まで自分で切り開ければいいですね。誰かが言っていましたね。「老人力」って、しかし、現実として最後の着地もどうするか考えなければなりませんね・・・・。